アニメの見方「意味のないものを出すな」
目次
「撃たないなら銃を出すな」【チェーホフの銃】
意味がないことが意味【ミスリード】
制作過程で意味を失うケース
制作過程で意味を得るケース
前回
こんにちは。
毎度毎度「お久しぶりです」という挨拶が定着化しそうなので、挨拶もそこそこに早速始めて参ります。
「撃たないなら銃を出すな」【チェーホフの銃】
チェーホフという劇作家をご存じでしょうか?
(もしご存じなら、この項目は飛ばしてください)
https://ja.wikipedia.org/wiki/アントン・チェーホフ
大変有名な作家で、様々な作家がチェーホフの言葉を引用しています。
(村上春樹さんの小説には、よく彼の言葉が引用されているそうです)
その中の一つに「チェーホフの銃」と呼ばれる概念があります。
チェーホフは生前、友人との会話や手紙の中で、このようなことを言ったそうです。
「舞台上に拳銃が出てきたら、それは後で発射されなければならない」
「もし発射されないなら、最初からそれを出すべきではない」
もちろんこれは拳銃そのものの話ではなく、概念的な話です。
簡単に言えば「意味の無いものをだすな!」となります。
舞台設定、登場人物、小道具、設定などなど色々ありますが……
良質な物語は、出てくる要素のすべてが必要なものであって、ムダが一つもありません。
例えば、宮崎駿監督のアニメーション作品などは「必要の無いものを画面に映さない」という原則によって作られています。(宮崎監督は画面上に意味の無いものを映すのが嫌いなため)
意味がないことが意味【ミスリード】
一方で、「意味がないことが意味である」という場合もあります。
いわゆるミスリード(読者の勘違い)を誘う仕掛けです。
たとえば
・サスペンスなどで、最初に疑われる被疑者が犯人じゃなかった
・魔王だと思っていたら、大魔王の手下だった
など、数えてみると、案外世の中にはあふれています。
これは、たしかに意味の無いものではありますが、読み手のミスリードを促すためのモノなので、「意味がないことが意味」「中身がないことが中身」といった感じでしょうか。
こういう計算された無意味さは好ましいモノといえるでしょう。
しかし、中には計算外の事情によって無意味になってしまうケースもあります。
制作過程で意味を失うケース
例えば、「序盤で匂わせる発言をしておいたけど、特に意味はありませんでした!」みたいに張られた伏線が回収されないまま終わってしまう事態です。
よく言われるのが、仮面ライダーカブトなどですね。(カブトは未回収の伏線が数多く残っており、それはそれで考察の楽しみとなっています)
おそらく制作過程では拾われるはずだったのでしょうが、尺の長さ、予算の都合、放送・おもちゃ発売スケジュールの関係で、伏線を回収できずに終わったのではないでしょうか。
つまり、後半で回収するつもりだったから張ったけど、回収できなくなったから結果的に意味の無いものになってしまったというケースですね。
(個人的には神様ドォルズもこれに含めて良いんじゃないかなぁ、なんて思うのですがどうでしょう……)
物事は表裏一体。デメリットしかないモノは存在しません。
逆に、最初から意味を持たずに銃を置いて功を奏したケースもあります。
制作過程で意味を得るケース
特に役割を持たせることなくキャラを配置していって、それが結果的に面白いドラマを生み出したという作品もあります。
その作品とは、なんと「機動戦士ガンダム」です。
意外ですよね。僕は意外でした。
一応「ガンダム見たことないよ~」って方に向けて説明すると、
すごく乱暴で簡単な言い方をしてしまうと、
「地球人と宇宙人の戦争」です。だいぶ違いますが、そういうことにしておいてください。
戦争なので主人公たちは戦艦に乗って戦うワケなんですが、ここに登場するキャラクターを、富野監督はある程度、適当に配置したと言われています。
(例えば、カイ・シデンなどの人気が高いキャラクターも、元々そうなると思って配置していたワケではなかったそうです)
それはけして、手抜きとかいい加減な仕事をしていたのではなくて、
「ここにこういうキャラクターを配置しておけば、あとで面白いことになるかも」という狙いがあってのことでしょう。
それか、当時、脂がのってきた富野監督は、自分の実力ならここにキャラを配置しても責任を持って描ききれるという自信があったのかも知れません。
詳しいことは分かりませんが、とにかく「意味とか役割を持たせないで置いた銃が、後から意味を持つ」というケースもあるという事が言えますね。
ただ、危険な橋であるには変わりないので、よほど腕に自信があるとかでなければ避けたいところです。
まとめ
・「チェーホフの銃」
→使う予定がないモノは、最初から出すな。
・意味を重視しないでキャラを配置して成功することもある
→設定をギチギチに詰め込むのではなく、ある程度「遊び(余剰)」を持たせておくと、面白い展開につなげられることもある
締め
最近、SPECというドラマを始めて見ました。U-nextで。
その時に思ったのが、「ああ、気の利いた作品はちゃんとこの原則(チェーホフの銃)を守っているんだな」ということでした。
(まあ、「そんなの後出しじゃんけんだろ」と言いたくなる展開もありましたが……。そういう展開をやると、意外性が出てくるので刺激がありますが、読者は冷めやすくなります。これについてはまた今度お話するということで)
画面上に意味の無いものを極力映さないというのは、作品を作る上ではなかなか難しいことだとは思います。
しかし、そういう手間を惜しまずに作られた作品というのは、見ていて「面白い!」と感じるモノです。
ユーザーの全員とは言いませんが、必ず、その心意気を評価してくれる人が居るはずです。
クリエイターにあこがれる自分としては、この心意気を胸に強く抱いていようと思います。
追記
ここまで書いて今更言い訳するのもアレですが、ハクッチョが意味ないとかそういうことを言うつもりはありません。
チラッと☆出すだけじゃなくてもっとしっかりださんかい!とか
キラッチュよりこっちハクッチョメインにしろ!とか、そんなこと全然思ってません。本当です。