最近、心理学でプリティーシリーズを分析しない理由

プリティー心理ズムという看板は下ろさなくてはならないのかもしれません。
というのも、ここ最近、心理学の話題を出していないからです。

これには色々と理由があります。
心理学はあんまり当てにならない事を痛感したりとか、
心理学以外の分野に興味を持ったとか色々あります。

が、1番大きいのは「考察に対する考え方が少し変わった」という点かも知れません。

以前まではただ心の赴くままに、気持ちに正直にただただキーボードを叩いていました。
しかし、今はそうではありません。

どう変わったかと言うと「これはただのこじつけではないか?」と考えるようになったのです。

具体例を挙げると、このブログにおけるみるき回がそうです。



内容としては、
・みるきは成人男性のユーザーが好きになるであろう事を想定して作られたキャラクターではないか?
・みるきは最も第4の壁(演者と視聴者の境界線)に近い人物ではないか≒みるきは作中で最も作品外の存在に近いのではないか≒みるきは最も神に近い存在なのではないか?
といったことを書いています。

(パッと見なんのことか分からないとは思いますが、記事を読んでいただくと納得していただけると思います)

これを見ると、ある程度の理はあるように見えます。
ですが、実際はただのこじつけで、言いがかりに近いものであると言えます。

そもそもですが、作者の意図は作者にしかわかりません。
……いや、作者自身にすら完全には理解できないでしょう。

創作をしている人間にはあるあるだと思いますが、「なんで自分にあんなモノが作れたのか分からない」ということはままあります。
これは「作っている最中には何となく分かっていた事が、終わった途端に分からなくなる」という事です。
ということは、作っている時の自分と作り終わった時の自分は違う存在であると言えなくもない。

つまり、作者の意図は、もしかすると作者本人にさえ分からない場合があるということ。
(※もちろん例外もあります)

しかし、まぁ、少なくとも作者の意図に最も近い人物それが作者であるのは間違いないでしょう。

そして私たちが作者本人ではないことも間違いないです。
私たちが本人でない以上、手持ちの情報を使って見えない部分を想像するしかない。
それが考察の本質的な部分だと思います。

なので、基本的に考察と言うのはこじつけです。
どの情報を使って、どの角度から入り込み、どのくらいの深さまで掘るのか……
その全てが考察する人自身にゆだねられている以上、その人個人の主観が反映されてしまうからです。
自分としては理の通った事でも、他の人からすれば違う、という事も少なくありませんし。

というワケで、考察にはこじつけの要素は入り込みやすいのですが……
しかし、こじつけの中にも、見る者を圧倒するような見事なこじつけが存在します。
こじつけと言えども、良いこじつけと悪いこじつけがあるということでしょう。

この差が何なのかは、少し言語化しにくいです。
が、あえて言語化するとこうなるかなと思います。

良いこじつけとは「根拠となる情報の信頼性が高いもの」
例えば作者が受けたインタビューや、Twitter・イベントなどでの発言
本人が発した言葉など

(※とはいえ、こういった作者本人が出している言葉というのは基本的に作者自らによってセルフプロデューズされていると考えられます。なので、作者本人の発言を鵜呑みにするのは危険かも知れません)

あるいは過去に手がけた作品で登場したモチーフなど、その作者の一貫して扱っているテーマから読み取れるモノ

そういった信頼のおける情報を元にこじつけている。

……そういうものが良いこじつけであると思っています。

が、そうでないもの……
それこそ先程の記事のような、根拠が憶測でしかないものは、ほぼ100%こじつけであると見てとれます。

こじつけている内容が面白ければ、多少ロジックがムチャクチャでも楽しめます。
しかし、そういう面白みすらないのであれば、読む方はかなりキツいだろうなと思います。
(書いてるぶんにはすごく楽しいんですけどね……)


一応、こじつけ方にも個性が出ます。
人に渡よって様々なアプローチがあるあるもの心理学だったり、あるものは映画的文法だったりするので、その辺の差異を楽しんで「へぇ~。この人はこういうのが好きなんだな~」とか思うのも面白かったりするでしょう。

が、それはその人の人となりに関する面白さであり、考察その物に対する面白さとは別です。

しかも、そこには何の論理的な整合性があるわけでもないので、こじつけの域を出ません。
(※まぁ楽しけりゃいいじゃんと思えばそれまでなんですが……。実際楽しければ何だって良いですし。作品を深く楽しむためのファン活動ですからね)


こじつけ方やこじつけた内容に感心したり、笑ったりできれば儲けものですが、そうならなければただただひたすらに寒いモノができあがりです。


「こいつは自分の知識をひけらかしたいがためにやってるのでは……?」なんて思われるかも知れません。

↑おそらく当ブログの考察系で最も寒い記事。 節度をわきまえないとこうなります(さらし首)



あるいはやりすぎ都市伝説的な感じで「あるわけねーじゃん」という冷め方をされたり……
(※まぁやり過ぎ都市伝説はたまに面白いこじつけもありますが)

で、ここで具体例に戻ってみます。
先ほどのみるきの記事です。



はっきり言ってしまうと、プリマジのスタッフがこの記事に書かれているようなことを考えて作ったとはあまり思えません。
狙ってやったというよりは、偶然そうなっただけな気がします。

記事にあるような、ひねくれたこじつけより、むしろ白雪姫などの正攻法で語る方が無理のないロジックになると思われます。

実際、そういう考察をされている方もいましたし。

まぁそんなこんなで、私は自信がなくなったのです。

自分のやっていることが考察なのか、
それとも単なる知識自慢のこじつけなのか……

両者は似ていますが、全く異なるものです。
そして厄介なことに、その区別を自分でつけるのは難しい。
私は今、どちらに位置しているのか分からない。

もちろん考察というのは自由なものです。
どんな考察があってもいいと思うし、どんな考察もあり得る。
全ての女の子(と男の子とXジェンダーの子)にそれが許されている世界だと思います。

しかし、そういう自由な世界だからこそ、自分自身の意思で自分にルールを課したい。
それに則った形で参加したいと思っています。

自然界において、不規則そうに見えるモノにも、実は明確な規則性があります。
美しいカオスとは、規則性から生み出されるのです。
(※例外もあるかも知れません)

私は今、正当な方法で考察を行っているのだろうか?
それとも我欲を満たすために、プリマジという道具を使って知識をひけらかしているだけに過ぎないのだろうか?

……な~んてことを言っている自分も、もしかしたらこうやって悩んだふりをしたいだけなのかも知れません。
疑っている自分を疑っている自分を疑っている自分を疑う。
そんな自分を疑う疑う疑う疑う疑う。

出口は有りそうで無い。
答えのない問いかけ。
……本当に?
それさえも疑わしい。


楽しけりゃそれで

いいぜ~~~~~~~~!!!!!!

いいぜ! いいぜ! いいぜ!

いいぜ! いいのか?